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カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊②

日常生活にカルロス・トシキさんというオアシスを見出だした私。



1986オメガトライブ、カルロス.トシキ&オメガトライブ のコンプリートBoxなるものがあることを知り、購入し、カルロス.トシキさんに癒されまくる毎日でございました。



これからは、なにがあっても大丈夫!!

だって私にはカルロスがいるもん!!

な生活をしておりました。



ある日、いつものようにyoutubeで、カルロスさんのレアな映像を楽しんでおりますと、下部分にふと「これもおすすめ」となにやら…



80年代繋がりで、なにやらおすすめされている。



目に飛び込んできたのは、サラサラヘアーの可愛らしい男の子。







「だいすき」


岡村靖幸さんです。



私にとって、岡村靖幸さんはとても間接的。


私の30年間という一本の線に、ポツン、ポツン、と間接的に触れてくる。


でも、ポツン、ポツン、なのに、そのポツン、ポツンは、鮮明に覚えていたり。


私は岡村靖幸さんのベイベ(ファン)ではありませんでした。


それどころか私は、当時、岡村靖幸さんが映像を通じて発信してくるものに、随分傷つけられていた記憶があります。


もちろん、私が勝手に傷ついていただけです。


90年代、岡村靖幸さんが、コギャルや援助交際なるものの出現に随分傷ついてしまい、詩がかけなくなったということを私は後に知るのですが、当時の私もそのように、間接的に傷ついていたのだと思います。



私は、懐かしいような、せつないような、悲しいような、こみあげてくるような、不思議な気持ちで再生ボタンを押す。


最高にポップで、最高にピンクな世界で、最高に素敵な岡村靖幸さんが、最高に歌い、最高のダンスを踊っている。


キラキラ… 輝いている… 目が離せない…



岡村靖幸さんて、こんな人だったかな。



こんな人だったんだ。




最高の気分なのに、胸がどんどん苦しくなる。



どんどん最低の気分になる。



なにかひっかかる。



記憶の引き出しを片っ端から開けてみる。








ずっと昔。




岡村靖幸さんが歌ってる…





誰かと歌ってる…










尾崎豊さん



1987年。広島サンプラザホール


HIROSHIMA 1987-1997



沸き起こる大歓声の会場の中




私は見てる。




14歳の私が二人を見てる。




続く