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カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊⑤

それから


それから私はどうなったのだろう。


何をしていたか


細かいことは


あまり記憶がないのです。


ただ私が考えていたことは


覚えています。



私は 尾崎豊さんの歌がすきでした。


私にとって


尾崎豊さんの歌は


彼の中から生まれてくるもの


彼の苦悩 切なる思いが生み出す


祈りの歌でした。


そう 私は祈っていたのです


彼の歌を聴きながら。


けれど


私は思い始めました。


歌が彼を追いつめる


歌が彼を苦しめる


生まれない歌の代わりに


作りだすの?



生まれてこないなら

作らないで


生まれてこないなら

作らせないで


彼を傷つけないで

誰も


自分を傷つけないで

血を流さないと

生きてるって

思えないの?


そんなのおかしいよ。


あなたはあなたでしかないのに

あなたがあなたでなくなる。


くるしいよ。


私は

もう


あなたの歌は聴かない。



それから



尾崎豊さんの歌を聴くことを


やめました。


受験勉強をして


息抜きにラジオを聴いていました。


中学を卒業して


高校に入学して


それから「太陽の破片」が


リリースされました。


テレビやラジオから流れてくる


彼の歌。


私は意識的に


聴かないようにしました。


そのうち


彼の歌が聴こえてきても


何も感じなくなりました。


苦しくありませんでした。


私の心は


鉄のように硬くなっていきました。


ただ


彼の歌を聴いても


何も感じなくなった


今の自分を


昔の自分が


どこかから見ているような気がしました。



尾崎豊さんは

世間では

完全復活といわれていました。


その後も彼はコンスタントに


歌を作り続けていたと思います。


けれどそれらの歌は私にとって


歌ですらありませんでした。


それは尾崎豊さんの


命でした。


彼は


自分の命を切り売りして


歌を作っているようにみえました。



ー 死んでしまう ー


このままでは

彼は死んでしまう


そう 思いました。



その頃 私はよく


尾崎豊さんの夢をみました。


彼はいつも静かに泣いていました。


私は問いかける。


くるしいの?


彼はただ静かに泣いていました。




私は高校に通い


休みの日は


朝から晩までバイトをするという


生活をしていました。


バイトするって母親に言ったら


母親は泣きながら


わぁわぁ何か叫んでいました。


けれど関係ありませんでした。


硬くなった心は


ある意味 強かったのです。



バイト料は


CDや ライブチケットや


ライブに行くときの洋服や


そんなものに消えていました。


当時 私が 追いかけていたのは


地元出身で まだ駆け出しの


UNICORN


そう 奥田民生さんでした。


尾崎豊さんの歌を聴かなくなって


ラジオを聴いていると


よくUNICORNの曲が 流れてきました。


奥田民生さんは 地元FM局で


ラジオのレギュラー番組を持たれてて


私はそれを聴いていると


とても楽しい気持ちになれました。


奥田民生さんに興味をもったのは


彼が尾崎豊さんと同じ


1965年生まれだったから。


そして


奥田民生さんは


尾崎豊さんとは


全く異なる生き方をしている人に見えたから。


当時の奥田民生さんには


確固たるビジョンがありました。


今では考えられませんが


当時の奥田民生さんは


地元FM局のラジオ番組で


それを大いに語っておられました。


それはかなり具体的でした。


まだ無名といえなくもない


若いミュージシャンが


自分は必ずビッグになる


仲良くなりたい有名人の名を


実名で挙げ


その人たちと肩を並べる人間に


自分は なるのだと


声を大にして言うのです。


私は奥田民生さんの


無邪気で 強かで しなやかで


ひたむきともとれる その性質を


好むようになりました。



JITTERIN'JINNの曲も


よく聴いていました。


メンバー全員が無表情で


淡々としているところが


とても気に入っていました。


何も考えずに


リズムにのっていると


心地よくて


ライブにも行きました。



地元アマチュアバンドの


コンテストにも


よく足を運んで


お気に入りのバンドを見つけて


応援していました。



今思えば


当時の私は


ありとあらゆる


いろんなものに流されて


のみ込まれる生き方に


自分を馴らしていました。



そんな夏が終わり


ひとつの節目が来るのです。


延期に延期を重ねた


尾崎豊さんのアルバムが


リリースされました。


予約をキャンセルしなかったのか


できなかったのか


覚えていません。


私は学校の帰りに


レコード店に寄って


アルバムとポスターを受け取り


帰宅しました。


私は


自室で 制服のまま


床に座り込み


ポスターを少し見つめて


そして


破って捨てました。


アルバムは聴かずに箱に入れて


どこかへしまいました。


私は


尾崎豊さんの生き方を


忌み嫌っている自分に


気づきました。


尾崎豊さんに


苛立っていました。


そして


私は 私の中から


尾崎豊さんを消し去りました。


あれほど愛した


尾崎豊さんの歌を


私は自分で


消し去りました。


もともとそんなもの


私の中には なかったかのように。



続く