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カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊⑦

私は 短期大学に入学しました。

自宅から通っていましたが

離れて暮らす父の会社に

近い学校だったので

よく父に会うようになりました。

私は父の方が一緒にいて

安心できました。

父は自分の娘に対して

心配性ではあったけれど

過干渉ではありませんでした。

ひとりっ子の母とは対照的に

父は11人兄妹の

大家族で育った人でした。

上昇志向の高い人で

仕事人間で

娘達のことばかり考えている人では

ありませんでした。


離れて暮らしていたこともあり

少し年齢を重ねた私にとって

理想的な距離感でした。


母とも以前よりはうまくやっていました。

その起因として

私が母の言動に

振り回されなくなったことや

母が機嫌良く過ごすために

すべき、言うべきいくつかのことを

私が習得したこともあると思います。

また 父と母は長年に渡り

親族を巻き込んで

壮絶な争いをしていたのですが

年月の経過とともに

和解する方向になっていったことも

あると思います。


私はごく普通の

学生生活を送っていました。

バイトして、合コンに行って。

短大で 大好きな 女友達が

二人できました。

毎日一緒にいても

もっとずっと一緒にいたいくらい

大好きな 女友達。


バイト先の仲間にも恵まれ

バイトの休みには

キャンプしたり

海へ行ったり。


誰も彼もが私に優しかったのです。

誰も彼もが

私を大切に扱ってくれました。


優しい人に囲まれていると

人は優しくなれるもので

私は誰にでも

優しく接することができました。

あの母親に対してさえ。


短大一年の夏に

好きな人ができました。

合コンで知り合った人でした。

会って少し言葉を交わしただけで

激しく惹かれました。

会って少し言葉を交わしただけで

「私は明日にはこの人のことで

身体中がいっぱいになっている。」

そう思いました。


彼は四歳年上の大学生でした。

彼は私に好意を示しました。

彼はいつも私に会いたいと

電話をしてきました。


私はいつも彼に会いました。


彼は私を

他の男にとられたくないと言いました。


でも 私のことを

好きとは言いませんでした。

私は気づいていました。


彼には他に

付き合ってる人か

会ってる人がいることを。


私は構わないと思いました。

私が欲しいのは

彼の 私への気持ちだけだと思いました。

私は 私なんていりませんでした。

彼が私に会いたいと思う

気持ちだけで十分でした。


私の気持ちなんて どうでもいい。

私の気持ちがあるとしたら

それは 欲 だから。

彼を自分だけのものにしたいという

欲。

私の彼への気持ちを

そんなもので汚したくない。

そんな汚い気持ちを持った女だと

彼に思われたくない。

そう思っていました。


会うときはいつも

彼のアパートでした。

他の女の人の髪の毛が落ちていても

知らない顔して

彼には常に優しく接していました。


彼の好みの服を着て

彼の好みの髪型をして

彼の好みの化粧をして


今思えば

この頃 私にはもう

彼を好きという気持ち以外に

自分はどこにもありませんでした。


短大二年になりました。



その日

バイトが終わって

夕方自宅に帰り

テレビのニュースで

尾崎豊さんが

亡くなったことを

知りました。

私は ぼんやりとしていました。

私は ほっとしていました。


尾崎豊さんが

苦しみから解放されたことに。

彼の時間が止まったことに。

私にはわからなかったから。

彼がどうすべきなのか。

私は

尾崎豊さんの

前にも後ろにも

もう道はないように見えていたのです。


同時に私は激しく傷つき

打ちのめされてもいました。

一滴の涙も流さない自分に。


その夜私はベッドの中で

暗闇の中 目を見開いて

ずっと考えていたのを

覚えています。

流されるべき 私の涙の

在りかを。

わからないまま

朝を迎え

私はそっと目を閉じました。


一瞬 尾崎豊さんの姿が浮かびました。

裸で 体を小さくまるめて

横たわる彼。


彼は 帰って行ったのだと思いました。

母親の子宮の中に帰って行くように。

彼が 彼のままでいられる場所に。

ー これでよかったんだ ー


私は 眠りにつきました。


淡々と日々は過ぎていました。

私は就職活動をしなければ

なりませんでした。

私は母の勧める

母の仕事の縁故である

企業に就職を決めました。

母は満足そうでした。

仕事なんて なんでもいい

私はそう思っていました。

流されていればいい 抗わず。

そうすれば

なんの問題も起きないのだから。


卒業 就職

研修を終え 配属先が決まり

仕事を覚え 時間は過ぎていく。

私は 企業の花形といわれる部署へ

配属されました。


出世欲に燃えている

営業マンというのを

毎日 目の当たりにしていて

ある意味 息苦しい部署でした。

ある日 一人の営業マンが

私に言いました。

「miumiuさんは常務の親戚なの?」

私は驚いて

「違います。」

と答えました。

また別の営業マンは

お酒の席で酔って

「miumiuさんは常務の愛人なの?」

と言いました。

母の縁故で就職しましたが、

常務とはなんの関係もないはず。

縁故とはいえ

試験も面接も受けているから

どこかで会っているかもしれないけれど

私には顔すらよく知らない人でした。

私は 困惑していました。

私の知らないところで

何かがあるのだ と思いました。

企業というのは

そういうものなのだと。

私は気持ち悪さや

居心地の悪さを

感じていました。

けれど 私は

社会から落ちこぼれたくなかった。

どんなものにも

順応していける人間に

なりたかった。

私は必死になっていました。

つまづいたら 転げ落ちる。

ものすごく 張り詰めた心で

毎日仕事をしていました。


そんな中 大好きだった

4歳年上の彼と別れました。

別れたと言っても

私たちは付き合っていたわけでなく

ただ ひたすら 会っていただけの

関係でした。

でも友達関係ではありませんでした。

男女の関係でした。

彼は私のことが解らないと言いました。

もう会わないと彼は言いました。

今思えば、当然かもしれません。


彼からしてみれば

自分に他にも女性がいることに

気づいているだろうに

気づかないふりして

いつも 平気な顔して

にこにこ笑ってる女

そんな女を

本気で愛していいのかどうか。


数ヵ月前 彼が 突然

オープンハートのネックレスを

プレゼントしてくれました。

そしてこんなことを言いました。


「付き合うと

別れてしまうかもしれないし

別れてもう会えなくなるくらいなら

このままでいいのかなって

思ったりする。」


私は 「そうだね。」って

にこにこ笑っていました。


彼は私の気持ちを探っていたのです。

私はあの時言えばよかったのです。

「私はあなたが好き。

他に女の人がいるなんて 嫌。

別れてもう会えなくなるのは

嫌だけど それでもあなたと

ちゃんと付き合いたい。」


私にはそれができなかったのです。

彼を縛ると

離れていきそうな気がして

恐かったのです。

欲深い女と

思われたくなかったのです。


私は彼と別れて

本当になんにも

なくなってしまいました。



私は仕事に没頭していました。


ある日 ある営業マンと

口論になってしまいました。

私は 自分の立場を守ることに必死な

融通の利かない社員で

彼は少々 融通を利かせ過ぎな

営業マンでした。

私は 一歩も引きませんでした。


後日その営業マンから

「今日 仕事終わったら ちょっといい?」

喫茶店で待っているように

言われました。

待っていると彼はやって来て

私を小さな居酒屋に連れて行きました。

常連客ばかりがいるような

小さめの

でもとても繁盛しているお店でした。

彼は瓶ビールを頼んで私に

「さぁ飲んで飲んで」

とビールを注ぎな がら

ボソッと

「こないだは悪かったな。」

と言いました。

「いえ 私の方こそすみませんでした。」

私が言うと

今度はおどけたように大きな声で

「もー俺 忙しくて 機嫌 悪くて

悪くて ほんっとごめん!」

と言いました。

彼は私に

「常務の愛人なの?」

と言った営業マンでした。


彼は 自分のことを

話し始めました。

今の部署に来る前は

営業所にいたこと。

そこで所長と反りが合わず

やり合ってしまい

僻地の部署へ飛ばされそうになったのを

常務に拾われて

営業の花形である今の部署に

送られたこと。

私に 「愛人なの?」

と聞いたのは

役員と営業の男性社員が

ゴルフをした時に常務が

「4月にお前らの部に

いい娘が来るから。」

と 意味深に笑って言ったからだと

言いました。


「だからあの時あそこにいた人は皆

miumiuさんのこと

常務と何かしら関係のある人

と思ってるんじゃないかな。」


「私は常務になんの心あたりもない。」

私は力なく言いました。


「でももうすぐ来るよ 常務。

俺らの部署に。

常務取締役兼営業部長の肩書きで。

だからmiumiuさんを今の部署に

配属したんだよ。

自分が後から行くつもりで。

俺についてもそうだけど。」


私は 自分の意思や 努力に関係なく

水面下で動く力というものに

押し潰されそうな気持ちに

なっていました。


続く