カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊⑧

 

1993年は嫌な年でした。

 

短大生の時に知り合った

大好きな人と

別れました。

 

梅雨が来て雨が降って

そのまま雨は

夏の間も降り続けました。

異常に雨の多い年でした。

 

時折止んでも曇り空で

私の心の中のようでした。

 私はどこを歩いていても

彼を探していました。

 

 家に帰ると

自室の電話を見つめていました。

 

 電話が鳴って

 出たら彼の声がして

 「今から会いたい。」

 そう言って以前のように

戻れるんじゃないかと。

 

 私は彼でなければだめでした。

 彼と初めて言葉を交わした瞬間から

わかっていました。

 

初めて会ったのに

ずっと会いたかった人だと思いました。

  

私はあの 口論をした営業マンと

付き合い始めました。

 

 あの後何度か食事に誘われ

仕事の話をしていたのに

そうなりました。

 彼は一回り年上の

妻子ある人でした。

私は不倫をしてしまいました。

 

私と彼がいる部署に常務が

常務取締役兼営業部長

として着任しました。

 

役員室にいれば

秘書が常務の細々した雑務や

身の回りのことなど 

お世話をするけれど

こちらではする人がいなくて

新人の私が

常務のちょっとしたお世話をするよう

上司に命じられまた。

 

時折

仕事中に視線を感じてふと見ると

常務が私をじっと見ている時がありました。

私は 常務の所縁の誰かに

似ているのだろうか?

結局最後までわからないままでした。

 

1994年

 

不倫というのは本当にたちの悪い恋愛で

続けているうちに

純愛と錯覚しそうになります。

 

当時は携帯電話も持っていないので

会うのが大変でした。

 

社内で人目を忍んで

今日は会うとか

今日は会えないとか

伝え合って

いつもの喫茶店で私は待ちます。

 

彼のほうが仕事が終わるのが遅いから

私は7時くらいから待ち始めて

8時とか9時まで待ちます。

 

彼に急な接待が入ったり

上司から飲みに誘われて 

断れない場合は喫茶店に

電話を入れてくれることもあったけど

できないことも多く

 

そんな時 私は 

喫茶店を出ようとするけれど

私が店を出た数分後に

彼が来たらと思うと 

後10分、もう10分と

待ち続けて

待ちくたびれて

喫茶店を出るのです。 

そんな時は

家に帰らず しばらく

街の人混みの中をブラブラと

歩いていました。

 

自分がどこに行けばいいのか

自分が何をしたいのか

わからずに。

 

人混みの中を歩いていたら

今にも彼が

「待たせてごめん。」

と 後ろから

私の肩を叩いてくれるのではないかと

そんなことを期待しながら

歩いていました。

 

でも そんなことは

一度もありませんでした。

 

この頃 街を歩いていると

よく尾崎豊さんの歌が流れていました。

 

I  LOVE  YOU  

とか

 OH  MY  LITTLE  GIRL

とか。

 

私は歩きながらぼんやりと思う。

 

 死んじゃうと

ずいぶんありがたがられるんだね。

不思議だね。

歌が一人歩きしてる。

 

カラオケに行くとね

男の人があなたの歌を歌うの。

そして 私に聞くの。

尾崎の歌で 何が好き?って

だから 私は答えるの

大好きだった歌。

そしたらね

 

なに?それ。

わからないって。

 

そしたら 私は

 悲しいような 嬉しいような

気持ちになってね

 

あなたのこと どれだけの人が

解っていたのかな?

私も解っていなかったよね。

 

私はこんなに若くて

自由なはずなのに

全然自由じゃないの。

 

どこにでも行けるはずなのに

どこにも行けないの。

 

どこに行けばいいのか

何をすればいいのか

わからない。

 

本当は 好きなのか

好きでないのかも

わからない人にすがって

 その人に

こっちだよって言ってもらって

なんとなく生きてる。

 

私は 私を

どこに置いてきたんだろうね。

 

あなたの歌を聴いていた頃

私は私だった。

 

自分を見失わないように

必死に守ってた。

 あなたの歌を聴きながら

祈ってた。

 

あなたの歌のような

美しい世界で

生きていけるように。

 

 あなたの歌のような

美しい世界を

手に入れられるように。

 

なのに今 私のいる世界は

薄汚れてる。

 

あの歌 聴いてみようかな。

そしたら

あの頃の気持ちに戻れるかな。

 

 けれど すぐに

その気持ちを打ち消す。

 わかっているから。

あの頃の気持ちには戻れない。

そのことが

私を何よりも深く

傷つけることも。

 

半年ほどして

常務は営業部長の役が解かれ

役員室へ戻りました。

もともと

営業部がある大きなプロジェクトを

抱えていて

常務はそのチーフとして

また お飾り的な 顔 として

こちらにいたので

プロジェクトが無事遂行され

任務完了で戻っていったのです。

 

けれど

私が胸を撫で下ろしたのも束の間

今度は私に辞令がおりたのです。

 

総務部 役員室への着任を命ず。

 

私は不倫をしていた彼とは

違う部署に異動になり

そこで

私と彼のことが露見してしまいます。

 

今思えば 露見したことは

私を安全な場所へと

導いたと思います。

泥沼にはまり込む前に。

 

続く