カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊⑨

私は物心ついてから 自分のことを

「miumiuちゃん」

と言っていました。


小学生になった頃 母親に

「もう自分のことを名前で言うのは

やめなさい。」

と言われました。


それで 私は 自分のことを

「私」

と言おうとするのだけど

どうしても言えませんでした。

「私」

と言うと 自分が 自分を

女の子だと思っていることに

なるわけで


自分が女の子だと思うと

気持ち悪くて吐きそうになるのです。


母親の前で無理して

「私」

と言おうとしたら

「アタシ」

になってしまい


「やめなさい

そんな下品な言い方!!」

と怒鳴られました。


じゃあ 自分は 男の子なのか

と考えたら それも違ってて


でも 試しに 自分のことを

「僕」

と言ってみたら


吐きそうにならなくて

「私」

と言うより しっくりきたので


私は小学校時代はずっと

自分のことを

「僕」

と言っていました。


母親は最初は

「何ふざけてるの。」

と言いましたが

そのうち気にならなくなったようで

何も言わなくなりました。



父親は たまに会うと

私に洋服や綺麗な装飾品や

キレイな小鳥を

買ってくれました。


当時 私の住む街で

一番の高層ホテルの

最上階のレストランで

綺麗なケーキを食べさせてくれました。


お父さんと会うときは

もちろん「僕」なんて言いません。


フラワーフェスティバルを

ホテルの最上階から見下ろして


ごった返す人の波も

色とりどりの花も 風船も

小さくて

お父さんは景色も見ずに

新聞を読んでて


色とりどりのケーキが載った

大きなワゴンを

ウェイターさんが

音もなく押してきて


私は どれにしようかなって

たくさんのケーキの中から

ひとつ選ぶのが楽しくて


選んだケーキを

ウェイターさんが

お皿に載せてくれると

もう全然楽しくなくて

退屈で


なんでお姉ちゃんは

いつも来ないんだろうって

考えながら

たいして美味しくもないケーキを

食べていました。


お父さんに話しかけようにも

お父さんと私の間には

新聞という壁が立ちはだかり

愛想なしのぺらぺらの粗末な紙が

子供の私には鉄の壁に見えました。



なんでお姉ちゃんは来ないんだろう


それは 母を気遣っていたから。


父と母は別居していて

たまに父はやって来て

私と姉に

「お出かけしよう。」

と言いました。


私は嬉しくて父に飛び付く。

姉は迷ってるような

困ってるような顔をして

「私は家にいる。」

と言いました。


母が一人ぼっちになるから。

一人ぼっちになった母は

きっと荒れてしまうから。


私は判っていました。

でも知らないふりをしました。

たまには私が

「今日は行かない。家にいる。」

と言えば

姉は父と出かけたかも知れない。

でも私は言えませんでした。


やっぱり

姉は 優 で

私は 劣 なのです。


でも姉はきっと

父を喜ばすことはできない。

姉は常に母のことを

気にかけているから。


年末に私は

父の家に泊まりに行きました。

冷蔵庫を開けたら

大きなケーキの箱がありました。

中を見ると

クリスマスケーキでした。


私は思い出しました。


クリスマスに電話が鳴り

母が出ました。

私は父からだと思い

電話のそばに駆け寄ったら

母は 穏やかではない口調で話し始め

一気に捲し立てる口調になり

父を責め 電話を切ってしまいました。


「いつもほったらかしの癖に

こんな時だけ

子供にいい顔しないでよ!!」

みたいなことを言っていたと思います。


父はあの時 姉と私に

ケーキを届けたかったのです。


私は 誰にも食べられることなく

ダメになったケーキを見ながら

母はなんでいつもいろんなことを

絶妙のタイミングで台無しにする

なんて嫌な女なんだろうと

思いました。


クリームを指ですくって舐めると

大丈夫そうだったので

「お父さん、このケーキ食べていい?」

リビングでテレビを観ている父に言うと

父は慌てて走り寄って来て

「それは食べちゃ駄目だ。

お父さん忙しくて届けられなくて

ごみの日に出しそびれて

そのまま入れてあるものだから。」

母のことには

決して触れない父を見て

母への嫌悪感が増す。


私に与えられたクリスマスは

母親に検閲された

クリスマス。


なんて嫌な女なんだろう。

なんて嫌な女なんだろう。



人間が物心ついてから

初めて知る女性は母親。


私はそれがあんな人だったから

私は女性が嫌なのだろうか?

自分が女性だと

認めたくないのだろうか?


それともうひとつ

思い当たることがあります。


母は家で仕事をしていて

家のことが

疎かになることが当然ありました。

幼い頃 テレビがずっと

つけっ放しになっていて

私は映画の

女性が男性に暴行されているシーンを

うっかり見てしまったのです。


映画の中の女性は

母と同じくらいの年齢に見えました。


汚ならしいのは

暴行している男性のはずなのに

私は暴行を受けている女性の方を

汚ならしいと思いました。


汚ならしい女だから

汚ならしいことをされるのだ。

女というのは汚ならしい体をしていて

だから男に

こんな汚ならしいことをされるのだ。


そんな風に思った記憶があります。


私はある時

いつものように父と会っていて

街を歩いてる時に

男の子のスカジャンが

売られているのを見て

我慢できなくて 走り寄って

スカジャンの袖を掴むと

勇気を出して言いました。


「お父さん これが欲しい。

これが着たい。」


父は意外とあっさり買ってくれて

それを着た私を見て

嬉しそうにわらいました。


それから父は

ホテルのレストランではなく

男の子の格好をした私を肩車して

市民球場へ野球を観に行くように

なりました。


父は姉が生まれた後

次は絶対男の子が欲しいと思っていて

でも私が生まれたから。


この頃いつも思っていました。

どうして私は

男の子に生まれなかったのだろう。



十代の頃

音楽番組を観るのが好きで

深夜に眠れないときとか

ふとテレビをつけると

PVをランダムに流す音楽番組とか

やっていて

それをぼんやり観ているのが

好きでした。


私がふとテレビをつけると

いつも不思議なほど

出てくるアーティストがいました。



岡村靖幸さんです。



初めて観たPVは


「19」


私はこのPVも 歌も


岡村靖幸という人も


嫌でたまりませんでした。


テレビ画面の向こう側から

嫌らしい視線でこちらを見つめて


おまえは女なんだ

おまえは嫌らしい女なんだ

おまえがどれだけ嫌がっても

男からしてみれば

立派な性の対象なんだ


そう繰り返し言われ続けている

気持ちになりました。


思春期独特の潔癖さや

自意識過剰さも手伝って

当時の私には耐え難いものでした。


けれどテレビを切ってしまうことが

できなくて

いつも最後まで観ていました。


その後も音楽雑誌でよく見かけ

独特なヘアスタイルと

ファッション

ナイフのような鋭い目つき。


この人は何が言いたいの?

女性を何だと思っているの?

私は何でこの人に

こんなに心をかき乱されてしまうの?


敢えて楽曲を集めて聴くことは

しなかったけれど

テレビや雑誌で見かけると

何故?

という気持ちで

何故?

を解明したくて

熱心に見ていました。


あれから二十年以上経った今

最近思うのは

岡村靖幸さんや

岡村靖幸さんの世界は

私にとって

シャガールの絵のようだということ。


私は十代の後半から二十代にかけて

シャガールの絵に惹かれて

画集やアートポスターを集めて

いつも観ていました。

二十代後半に

シャガール展に足を運んだときに

気に入ったリトグラフがあり

リトグラフは手に入れやすいこともあり

購入しました。

モノトーンでシンプルで

一般的に

注目された作品ではないのですが

私にはとても価値があるものでした。


それから 今も 毎日

そのリトグラフを目にして

生活をしているのですが

リトグラフを観ていて

ふと思ったのです。


岡村靖幸さんだと。


シャガールの絵は

人間の幸福や 誇り

愛と 喜びと 悲しみ

華やかさや 素朴さや


美しいものも 美しくないものも

確かなものも 儚く消え去るものも

未来も 現在も 過去も

望郷も

夢も 希望も

喪失も

過ぎ去った時間も

全てが描かれていて

美しくて 悲しくて

いとおしくて

だけど ものすごく

泥臭い

それが一緒くたになって

苦しみや 怒りや 憎しみは

より深い

悲しみや 愛に変わり

祈りになって

天に立ち上っていくような

泥臭さは

可憐な純粋さ


私にとって そんな絵で

岡村靖幸さんも私にとって

同じなのかもしれない。


シャガールが描いた

人物の大きな手

大きな手は 愛そのもの。


岡村靖幸さんは手の大きな人ですね。

シャガールの絵の中に

綺麗に溶け込んでしまいそうな

そんな人に見えます。


今の岡村靖幸さんは

心の奥にある扉を

しっかりと固く閉めた上で

開かれていて

それが見てとれる度

私はもの悲しくなります。




あれだけ自分が女であることを

拒んでいた私は

いつ 女であることを

受け入れたのだろうと

不倫をしていた時 ふと 思い

なんだか 笑ってしまったのです。

そして思ったのです。


岡村靖幸さん あなたが言ってた通り

私は 女でした。

嫌らしい女でした。

だけど認めてしまった今の方が

あの頃より ずっと

生きやすくも感じる。

だから これで いい。


つづく