カルロス・トシキ→岡村靖幸→尾崎豊⑩

私は部署が異動になり

不倫相手とは顔を合わせることすら

少なくなりました。


役員室には女性秘書 男性秘書がいます。

女性秘書は私を含めて三人。

私は秘書の見習いをしながら

総務の人事関係の仕事をしていました。

女性秘書は社内での

役員の身の回りの雑務をこなし

あとは人事関係の仕事に従事します。


役員関係の 外での仕事は

男性秘書と運転手に任せます。


会社は同じでも部署が変われば

別世界でした。


女性秘書というのは社内を歩いていると

知らない社員からも

やたらと笑顔で話しかけられます。

それは親切にされているのではないのです。


皆 知りたい情報があり

そしてそれは

トップシークレットな事項だったり

するものだから

あわよくば 女性秘書からポロッと

引き出そうとしているのです。

そして当然のことながら

ターゲットにされるのは

まだ仕事の要領を得ていないであろう私。


上司も 先輩秘書も

そんなことは百も承知なので

私に社内をひとりで歩かせたりは

極力しませんでした。

仕事中たまに化粧室へ行くことがあり

その時だけでした。


お昼 社員食堂へは

先輩秘書と三人で行き

三人で食事をし

終わると 三人で化粧室に行き

三人並んで歯を磨き

化粧を直し

仕事に戻ります。


来客があると私は

給湯室でお茶を入れようと

席を立つのだけど

先輩はいつも

「あなたは今

仕事を覚えることが優先だから

来客のお茶は私が淹れるから。」

と言いました。


不倫相手とたまに社内で出会うことが

ありました。

けれど私は両脇を

先輩女性秘書にガードされている状態で

彼は私に接触することができず

すれ違いざまの彼の顔は

明らかに不機嫌でした。


だいぶ仕事になれた頃

来客のお茶を淹れに

ひとりで給湯室に行ったり

他の部署に書類を届けにひとりで行くことが

増えてきました。

ある時 私が書類を届けに行った帰り

私がもと居た部署の人に出くわし

話しかけられて

ほんの少し立ち話をしました。

他愛もない話でした。

そこを化粧室に行こうとした

先輩秘書が通りかかりました。

席に戻った私は

直ちに先程の先輩秘書に

応接室に連れて行かれました。

そして

さっきは何を話していたのか?

何か聞かれたのか?

と事細かに聞かれました。

全ては課長に報告しているようでした。


私以外の 女性秘書二人は

入社した時から 役員室勤務でした。

私は他の部署から来た人間だから

特に注意されていたのだと思います。

そもそも役員室に

他の部署から異動で来るなんて

異例でした。

私の上司も 先輩秘書も

私じゃなくて新入社員に

来て欲しかったと思います。

けれど私の異動は

常務の命令だったことは明らかで

仕方がなかったのです。


私は息がつまりそうでした。


私は不倫している彼と

たまに仕事が終わってから会っていました。

けれど 同じ部署にいた頃とは違って

社内の誰かに見られたら面倒です。

会社から遠く離れた場所で会うようになり

それは 私達を

とても疲れさせていきました。

自然と 会う回数は減っていき

彼は私の写真を一枚くれないか と

言いました。

会えないときに見たいんだ と

言いました。

不倫の関係で

相手の写真を持つことは よくないからと

私は断りました。

彼は異常に腹を立てました。

彼は嫉妬深い人でした。

それは 彼は既婚で

私は独身だったからかも知れません。

写真のことで異常に腹を立てるのには

理由がありました。


私は土日は彼に会えなくて

さみしいと思っていました。

奥さんと幼い子供達と

楽しく過ごしているんだと思うと

切なかったのです。

けれど彼は

後で彼から聞いて知ったのですが

家族といても 私が何をしているのか

気になって仕方がなかったようです。

独身なんだから

男性がいくらでも寄ってきて

私は楽しく遊び回っているのではないかと

考えていたようです。

そして私が彼に会わない時に

ひとりで飲みに行っているパブに

自分を連れて行けと言いました。

そこのマスターと私の仲を

疑っていたのです。

その店は もともと

私が営業部にいたときに

営業部の先輩女子が

連れて行ってくれたところで

マスターは私の父と同い年でした。


私は 今の不倫の彼の前に 好きだった人と

別れた頃 その店にひとりで行っては

随分荒れた飲み方をしていました。


ある日 また飲み過ぎて

吐きたいのに吐けなくて

苦しんでる私の口に

マスターは「ごめんね。」と

指を入れて吐かせてくれました。

嘔吐物で汚れた私の髪を

洗面台で洗い

私が気分がよくなるまで

長椅子で寝かせてくれました。

帰るときは

外に出てタクシーを拾ってくれました。

私が家に着いて自室にいると

電話が鳴りました。

マスターからで

私が無事に帰ったかの確認の電話でした。

その一件以来

私とマスターは打ち解けました。

子供のいないマスターは

私を娘だと言って可愛がってくれました。


彼があまりに疑うものだから

仕方がなく

私は彼をパブに連れて行きました。

マスターに会えば

疑いは晴れるだろうと。


私は忘れていたけれど

その店には

私の写真が飾ってありました。

彼は見つけてすごく不機嫌になりました。


もともとは

そのパブで知り合って

後に結婚したカップルの写真を

飾っていました。

そこに

お忍びで来店された中山美穂さんの写真とか

マスターの奥様の若い頃の写真とか

いくつか飾ってあり

ある日マスターが

「べっぴんさん!

写真ちょうだい、娘なんだから。」

というので 私も軽い気持ちで

渡した写真でした。


しまった…と思ったけど遅くて

疑いを晴らすために連れて来たのに

ますます彼は

私とマスターの仲を疑いました。


そして写真を渡すのを断った時に

真っ先に彼は言いました。

マスターにはあげて

俺にはくれないのか と。

嫉妬に狂うと

手がつけられない人でした。

絶対失くさない 人に見せない

と約束して 写真を一枚渡しました。

彼は書類や本でパンパンの

ビジネスバッグに写真を収めました。


なかなか会えない私たちは

休みの日に会うようになりました。

一泊で旅行に行くようにもなりました。

彼は奥さんに

ゴルフだと嘘をついていました。

一度は純愛のように思えた

彼との関係も

ふしだらで 図々しいこと 極まりない

汚いこと この上ない

不倫以外の なにものでもないもの

になっていきました。


ある日 彼が自宅で眠っていて

ふと 目を覚ますと

奥さんの背中が目に入り

奥さんは彼に背を向けた格好で

床にペタンと座りこんでいて

その肩は震えていて

彼は不思議に思い 声をかけたら

奥さんは振り向いて

その顔は

泣いていて

奥さんの手には

私の写真があったそうです。


続く